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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11250号 判決

原告 富士建設株式会社

被告 富士ビル開発株式会社 外二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告富士ビル開発株式会社(以下被告富士ビルという。)は原告に対し、金八億二、三一七万五、〇〇〇円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録一記載の土地(以下本件土地という。)について所有権移転登記手続をし、同目録二記載の建物(以下本件建物という。)を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四六年三月九日から右明渡しずみまで一か月坪当り金一五〇円の割合による金員を支払え。

二  被告常総開発株式会社(以下被告常総開発という。)は、本件土地について、別紙登記目録二、三の登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被告鹿島建設株式会社(以下被告鹿島建設という。)は、本件土地について、別紙登記目録四ないし六の登記の各抹消登記手続をせよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

第二請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文同旨の判決を求める。

第三請求の原因

一  原告は昭和四〇年七月二六日訴外東京多摩青果株式会社(以下東京多摩青果という。)から、同会社所有の本件土地を代金七億五、七三二万一、〇〇〇円で買受ける契約をした。

二  原告は右売買契約により本件土地の所有権を取得した。そして原告は、同年八月二六日東京多摩青果に対して手附金三、〇〇〇万円を支払つた後同年九月一一日本件土地を被告富士ビルに対し代金一一億五、二四四万五、〇〇〇円で売渡し、その代金のうちから東京多摩青果に対し同年一〇月二〇日金三億円、同年一一月三〇日金四億二、七三二万一、〇〇〇円をそれぞれ支払い、代金を完済した。

三  ところで、昭和四〇年九月一一日当時原告の代表取締役は訴外市川道雄であつたが、被告富士ビル(当時の商号富士ビルデイング株式会社)の代表取締役もまた同人であつた。

四  原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約は、市川道雄が売主である原告を代表すると同時に買主である被告富士ビルを代表して締結したものである。

五  したがつて、原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約は、民法一〇八条または商法二六五条に違反し無効であり、本件土地は依然として原告の所有に属する。

六  しかるに、本件土地について別紙登記目録一の東京多摩青果から被告富士ビルに対する所有権移転登記が経由され、続いて同目録二ないし六の登記がなされている。

そして、被告富士ビルは昭和四六年三月九日以前から本件土地上に本件建物を建築所有して本件土地を占有している。

七  本件土地の地代相当額は、一か月坪当り金一五〇円である。

八  よつて原告は、被告富士ビルに対し、受領ずみの金八億二、三一七万五、〇〇〇円の支払いと引換に、本件土地について中間省略によりなされた無効な別紙登記目録一の登記の抹消登記に代る所有権移転登記手続をなし、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四六年三月九日から右明渡しずみまで一か月坪当り金一五〇円の割合による地代相当損害金を支払うことを求め、被告常総開発に対し、別紙登記目録一の無効な登記の有効を前提としてなされた同目録二、三の登記の各抹消登記手続をなすことを求め、被告鹿島建設に対し、同様同目録四ないし六の登記の各抹消登記手続を求める。

第四請求原因に対する被告らの認否

請求原因一の事実は認める。

同二の事実中原告が主張のころ東京多摩青果に対して手附金三、〇〇〇万円を支払つたことは認めるが、その余の点は否認する。

同三の事実は認めるが、四は否認し、五の主張は争う。商法二六五条は取締役に対する命令規定であるから、この規定に違反しても、取引行為そのものは有効である。

同六の事実は認める。

第五被告らの抗弁

一  被告富士ビルは、昭和四〇年九月一一日原告から本件土地の買主の地位を承継し、訴外株式会社平和相互銀行(以下平和相互という。)の融資を受けて、東京多摩青果に対し、同年一〇月二〇日金三億円、同年一一月三〇日金四億二、七三二万一、〇〇〇円を支払い、東京多摩青果から直接本件土地の所有権を取得した。

したがつて、本件は民法一〇八条、商法二六五条の規定が適用される場合ではない。

二  仮りに原告と被告富士ビルとの間に本件土地の売買契約が成立していたとしても、当時原告は、東京多摩青果に対して昭和四〇年一一月末日までに本件土地代金として七億二、〇〇〇万円以上の債務を履行しなければならないのに、資金調達に苦慮し、不履行の場合は売買契約を解除された上手附金三、〇〇〇万円を没收されるという危機に瀕していたのであつて、被告富士ビルに本件土地を代金八億二、三一七万五、〇〇〇円で買受けさせることにより、契約解除、手附金没収の不利益を免れ、かつ金六、五〇〇万円に及ぶ利益を享受したのである。

右のとおり、原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約は、原告に利益をもたらしこそすれいかなる不利益もなく、対立する利害関係に基づく取引ではないから、民法一〇八条、商法二六五条の規定の適用されることはない。

三  仮りに原告と被告富士ビルとの間に本件土地の売買契約が成立し、商法二六五条の適用があるとしても、当時の原告取締役訴外田辺正躬、同秋本光雄、同長谷川元信はいずれも昭和四〇年九月一一日右売買契約を承認した。一方被告富士ビルにおいては、昭和四〇年一二月八日開催の取締役会が右売買契約を承認する旨決議した。

四  仮りに被告富士ビルの昭和四〇年一二月八日の取締役会の承認が認められないとしても、同被告の取締役会は昭和四六年五月二八日原告と同被告との間の本件土地売買契約を追加承認する旨決議した。

五  仮りに、原告が右売買契約について全取締役の承認を得なかつたとしても、原告は資本金一、二〇〇万円の建設請負を業とする株式会社であるところ、代表取締役市川道雄が独裁的に業務を主宰してきたのであり、市川道雄がその八割の株式を有し、他の二割も同人の親族がこれを有するという市川道雄の個人経営的な会社であつて、しかも昭和四〇年八月から一二月にかけて取締役として登記されていた田辺正躬、秋本光雄、長谷川元信(市川の妻の兄)の三名は、名義上のみの取締役で、会社の業務に殆んど関心もなく、関与もしていなかつたし、これまで原告においては商法に定められた通りの取締役会など開催して業務執行したことがないという、個人企業といつた方が適切な会社である。このような場合には、右売買契約について取締役会の承認を必要としない。

六  仮りに原告会社の取締役会の承認が必要であるのにその承認がなかつたとしても、原告は自らの怠慢により当然なすべき取締役会の決議をなさずにおいて、すでに売買契約の履行を終了し、六、五〇〇万円にのぼる巨額の利益を計上(昭和四〇年一二月一日)した上、三年も経過した後、自らの怠慢を棚に上げて、被告富士ビルにおいて多大の出資をなし、かつ多数の利害関係者を生じさせた今日、にわかに売買契約が双方代理に当るとなし、或は取締役会の決議の不存在を理由に売買の無効を主張するのは、信義誠実の原則に反し、失当である。

七  被告常総開発は、被告富士ビルとの間に昭和四一年二月二三日締結した継続的金銭消費貸借契約に基づいて、被告富士ビルに対してなす貸付金を担保するため、同日本件土地について、元本極度額一〇億円、利息日歩二銭四厘以内、損害金日歩四銭とする根抵当権設定契約を締結すると共に代物弁済予約をした。

そして被告常総開発は、右契約締結に当つて、登記簿上被告富士ビルが本件土地の所有者であることを確認し、更に平和相互を権利者とする根抵当権設定登記をはじめ、訴外大山不動産株式会社、同株式会社大東上野会館、同末和産業株式会社を権利者とする各根抵当権設定登記のほか代物弁済契約に基づく各仮登記がなされていること等から、原告の主張するような事実関係は夢想だにせず、被告富士ビルが本件土地を東京多摩青果から直接買受けたものであると信じていたのである。

したがつて、仮りに原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約が無効だとしても、善意の第三者である被告常総開発に対抗できない。

八  被告鹿島建設は、昭和四一年二月二八日被告常総開発との間に締結した金銭消費貸借契約に基づいて同日以後取得する継続的に生ずる貸金債権を担保するため、同日被告常総開発が有する前記根抵当権を目的として被告富士ビルの承諾の下に、債権額金七億五、〇〇〇万円、利息日歩二銭、損害金日歩四銭の約にて転抵当権設定契約を締結すると共に、被告常総開発の被告富士ビルに対する前記本件土地代物弁済予約上の権利の譲渡を受けた。

そして、原告の主張するところの原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約の無効原因について前述のとおり被告常総開発が善意である以上、被告鹿島建設においても固より何ら疑を容れる余地なく善意にて右転抵当権の設定を受け、権利の譲渡を受けたものである。

したがつて、仮りに原告と被告富士ビルとの間の右売買契約が無効だとしても、善意の第三者である被告鹿島建設には対抗できない。

第六抗弁に対する原告の認否

抗弁一の事実中被告富士ビルが平和相互から本件土地代金の融資を受けたことは認めるが、その余は否認する。被告富士ビルは、右融資金をもつて原告に本件土地代金として支払い、原告がその中から東京多摩青果に土地代金を支払つたのである。しかも、買主の地位の承継があつたところで取締役会の承認を必要とすることにかわりはない。

抗弁二の事実は否認する。後に主張するとおり、原告は、平和相互から予め金一八億円融資の確約を得ていたからこそ、東京多摩青果から本件土地を買受けたのであつて、資金調達に苦慮していたことはない。また、被告富士ビルは、平和相互の強要により止むなく設立されたものであつて、原告としては、被告富士ビルに本件土地を売渡すことにつき、ビルの建設、その経営を企図し、それによる利益を計上していたところ、その利益は右売渡しによつて一挙に覆された。したがつて、原告に不利益がないとする主張は失当である。

抗弁三の事実は否認する。同四の事実は不知。同五、六の事実は否認する。後に主張するとおり、信義則に反するのはむしろ被告らである。

抗弁七、八の事実は否認する。被告富士ビルは本件土地代金融資の際平和相互の要請によつて設立された会社であつて、平和相互は本件土地が原告をとおして同被告に譲渡されること、両者の代表者がいずれも市川道雄であること、本件土地売買に関して原告取締役会の承認のないことを十二分に承知していた。そして、被告常総開発、同鹿島建設は平和相互と共謀の上被告富士ビル乗取りを遂行したものであつて、悪意の第三者である。

第七原告の再抗弁

一  仮りに被告常総開発、同鹿島建設がいずれも商法二六五条違反の行為について善意の第三者として保護されることがあるとしても、被告鹿島建設は同常総開発に対し金員を融資した事実はなく平和相互の策謀により単に登記簿上の名義を貸与したものに過ぎない。したがつて登記目録五の登記は被告常総開発と被告鹿島建設とが相通じてなした虚偽の意思表示に基づくもので無効である。

二  仮りに以上の理由がなくても、被告富士ビルの本件土地の所有権取得は信義誠実の原則に反し無効である。

すなわち原告は、本件土地を東京多摩青果から買受ける前に平和相互銀行より金一八億円の融資の確約を得、安んじて東京多摩青果との間に売買契約を締結したのであるが、その後間もなく平和相互より原告の資本金が一、二〇〇万円に過ぎないので一八億円の融資は不可能であるから資本金一億円の別会社を設立するように強要され、その結果当時の原告代表者市川道雄が資本金一億円の被告富士ビルを設立し、昭和四〇年九月二日その設立登記を了したのである。

そこで被告富士ビルにおいて本件土地購入資金およびビル建設費用として一八億円の融資を受けられる確信を得たので、原告は同被告との間で本件土地の売買契約を締結すると共に、同年九月二六日工事代金八億二、五〇〇万円で本件土地上のビル建築請負契約をした。

そして被告富士ビルは、昭和四〇年一〇月一八日借入金担保のため自社の全株式の六七パーセントに当る株式六、七〇〇株ならびに同被告会社の実印および社印を平和相互に預託して、同月二〇日平和相互から三億円を借受け、同月二六日平和相互の要請により同被告代表取締役の実印、社印、普通預金通帳、取締役七名の辞任届および白紙委任状一通を借入金担保のため預託し、同年一一月三〇日平和相互より金四億五、〇〇〇万円を借受け、同日平和相互のため本件土地に金七億五、〇〇〇万円の抵当権設定登記を経由した。

ところが、相互銀行法による貸付限度額制限および金融機関の不動産保有制限の免脱のため、平和相互により、同年一二月二日訴外大山不動産株式会社、同株式会社大東上野会館、同末和産業株式会社が更に合計金四億四、〇〇〇万円を被告富士ビルに融資した旨の架空の根抵当権設定登記がなされ、昭和四一年二月二八日には以上の登記がすべて解除の理由により抹消され、続いて被告常総開発のために元本極度額金一〇億円の根抵当権設定の登記がなされる等、別紙登記目録二ないし六の各登記が経由されるに至つた。

なお、昭和四一年二月末ごろ当時の原告会社代表取締役市川道雄が平和相互代表取締役小宮山英蔵にその後の融資を懇請するや、小宮山はトンネル会社とも称すべき被告常総開発代表取締役浅井忠良および小宮山の知人である坂梨健雄を代表取締役に、また平和相互顧問兼被告常総開発代表取締役米多三郎を取締役にそれぞれ就任させることを強要し、被告富士ビルの昭和四一年五月一〇日の定時株主総会において右三名を取締役に増員選任の決議をなし、同日付取締役会で右浅井、坂梨および市川の三名を代表取締役に互選し、その旨の登記手続を完了した。

更に平和相互は、市川不知の間に代表取締役の辞任届を偽造して市川を被告富士ビルより追い出し、平和相互の腹心である浅井、坂梨、米多によつて同被告会社を運営させている。

以上の事実関係から、平和相互が当初より本件土地を自己の手中に掌握せんとしていたことが明白であり、結局平和相互と被告富士ビルとは共謀の上本件土地をその所有に帰せしめたものというべく、信義誠実の原則に反し、その所有権取得は無効である。

第八再抗弁に対する被告らの認否

再抗弁一の事実は否認する。

同二の事実中被告富士ビルが原告主張の日設立されたこと、平和相互が融資したこと(但し三億五〇〇万円)、被告富士ビルが担保として原告主張のものを預託したこと、原告主張の各登記が経由されたこと、浅井忠良、坂梨健雄、米多三郎の三名が被告富士ビルの取締役に選任され、浅井、坂梨の両名が代表取締役として選任されたことはいずれも認めるが、その余の主張はすべて否認する。

被告富士ビルの設立は、平和相互の融資とは無関係に、昭和四〇年六月ごろから市川が計画し、設立準備中のものであつた。金四億五、〇〇〇万円は、大山不動産、大東上野会館、末和産業の三社が融資したのである。市川は自らの意思で被告富士ビルヘの責任をとり、かつ倒産に瀕した原告会社再建のために辞任しているのであつて、信義則違反の主張は、虚構の事実を前提にしたものである。

第九証拠

提出、援用、認否等は、本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  原告が昭和四〇年七月二六日東京多摩青果から、同会社所有の本件土地を代金七億五、七三二万一、〇〇〇円で買受ける契約をしたこと、被告富士ビルが同年九月二日設立されたこと、同年九月一一日当時原告および被告富士ビルの代表取締役はいずれも市川道雄(以下市川という。)であつたこと、本件土地について東京多摩青果から被告富士ビルに対する所有権移転登記(別紙登記目録一の登記)が経由されていることは当事者間に争いがない。

二  そこで、右所有権移転登記が経由されるに至つた経過につき判断する。

成立に争いのない甲二、二五号証、乙一、三号証、五ないし九号証の各一、二、同二八号証、証人市川道雄の証言により成立を認めうる甲三号証の一ないし三、同一六、一七号証、同二二号証の一、二、乙四、二〇号証、同二六、二七号証の各二、同三五号証の一、二、同四六、七六号証、証人坂梨健雄の証言により成立を認めうる乙二一号証、被告富士ビル代表者の供述により成立を認めうる乙二九ないし三四、九八号証ならびに証人市川道雄、同山畑四六、同秋本光雄、同田辺正躬および同長谷川元信の各証言と弁論の全趣旨とを総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

原告は、昭和三三年四月八日に設立され、建築および工事に関する設計ならびに施行請負業等を目的としていた株式会社であつて、昭和四〇年ごろには、資本金は一、一〇〇万円であつたが、株式の八割強を市川およびその父誠吉が有し(右八割強のうちの六割を市川が有していた。なお、その余の株式二割弱の株主は一部従業員および市川の親族関係であつた。)実質的には全面的に市川の意思に支配されていたのであり、当時取締役としては市川のほかに田辺正躬、秋本光雄、長谷川元信の三名が就任していることになつてはいたものの、長谷川は事実上既に退社していたし、田辺、秋本は名前を貸していたにすぎず、いずれも報酬を受けたことも、業務のため出社することもなく、取締役会など開催されたことがないためその議事録とて作成されたことがなく、市川から原告会社の業務内容について承認を求められるようなこともなく、設立以来昭和四三年七月まで市川が代表取締役として経営の一切を支配し、市川の経営方針について他の取締役が反対することなど思いも及ばないことであつて、当時原告は市川の個人経営の色彩が極めて濃厚な株式会社であつた。

市川は、昭和四〇年二月ごろ国鉄および京王帝都井の頭線吉祥寺駅前にビルを建設することを計画し、同年七月になつてその敷地購入、ビル建設資金につき平和相互から融資を受けうる見通しもできたので、同月二六日原告代表者として前記のとおり東京多摩青果から本件土地を買受け、代金のうち第一回手附金三、〇〇〇万円を同年八月二六日、第二回手附金三億円を同年九月一五日(但し、その後同月末日まで猶予され、更に最終的に同年一〇月二〇日まで猶予された。)、残金を同年一一月限り土地の引渡しおよび所有権移転登記手続をするのと同時に支払うこととし、所有権は右登記の時に原告に移転する旨約した。右契約では、当事者の一方がその契約を履行しないときは相手方は何らの催告を要しないで直ちに右契約を解除することが出来、その場合不履行が買主による時は売主は既収の手附金を没収する旨約されていた。

ところが、その後平和相互の方から、原告が建築業者であり資本金も一、一〇〇万円に過ぎないので原告に多額の融資をすることは適当でなく、従つて新たに資本金一億円の別会社を設立すればその会社に融資できるから、同会社が本件土地を買受け所有してビル建設計画を遂行したらどうかとの示唆があり、市川としては、他に金融の当てもなく、このまま推移すれば東京多摩青果から前記契約を解除されて了うという差迫つた情勢でもあつたので、自分が中心となつて新会社を設立すれば初期の目的を実質上達しうると判断して、右示唆に従うこととし、取り敢えず第一回手附金三、〇〇〇万円は他から借入れて東京多摩青果に支払い、主として市川および原告関係による出資をもつて同年九月二日資本金一億円の被告富士ビル(当時の商号富士ビルデイング株式会社)を設立し、市川が代表取締役に就任した上で、被告富士ビルの代表者として、同月中旬頃平和相互に対し、本件土地を同月一一日被告富士ビルが東京多摩青果から代金八億二、三一七万五、〇〇〇円で買受ける契約を結び、既に第一回手附金一億円を支払済みであるように装つて、その旨の架空の証書写(乙二号証、同二五号証の一、二)を提出し被告富士ビルヘの融資方を申入れて、その内諾を受け、一方またその頃原告代表者として東京多摩青果に対し、原告が負担する前記第二回手附金三億円の支払について平和相互からの融資の手続が遅れていることを理由にその猶予方を求め、同月末日迄猶予を受けた。

右の経緯上、市川としては本件土地を被告富士ビルの所有とする必要があつたので、昭和四〇年九月一一日頃原告と被告富士ビルの代表取締役を兼ねて、本件土地を原告から被告富士ビルに対し代金八億二、三一七万五、〇〇〇円で売渡す契約を締結し、代金支払期は原告の東京多摩青果に対する履行期に合せて、被告富士ビルが平和相互から融資を受ける都度原告が東京多摩青果に対して代金債務を履行しうるよう配慮した。

平和相互から被告富士ビルに対する融資は、昭和四〇年一〇月二〇日に金三億円、同年一一月三〇日に金四億二、三一七万五、〇〇〇円が実行されたのであるが、同被告から原告に対する代金の支払いおよび原告から東京多摩青果に対する代金の支払いを同時にすることとされたため、平和相互の担当員、市川、東京多摩青果の担当員の三者立会の上、同年一〇月二〇日に金三億円、同年一一月三〇日に合計金三億二、三一七万五、〇〇〇円の平和相互振出の預手合計五枚が平和相互から市川を経由して東京多摩青果に交付され、一一月三〇日には平和相互から通知預金の形で金一億円が同様東京多摩青果に支払われた。また同月三〇日原告振出の金四、一四六、〇〇〇円の小切手が東京多摩青果に交付された(被告富士ビルの原告に対する残代金一億円については、そのころまでに同被告の資本金として払込まれた金員をもつて原告に対する支払に当てられた。)。そして、登記については、同年一一月三〇日中間省略により東京多摩青果から直接被告富士ビルに対する所有権移転登記(別紙登記目録一の登記)が経由された。

ところで、被告富士ビルは、その設立の趣旨が前記のとおり市川のビル建設計画遂行のいわば手段とすることにあつたし、その出資も原告関係のそれが主であつたから、市川としては、原告も被告富士ビルも実質的には一体であると考えて、その業務執行に当つたのであり、当時同被告について市川のほかに数名の取締役が選任されたものの、中には名前だけの者もあり、正規の取締役会も昭和四一年四月二九日まで開催されたことがなく、その間業務について市川から相談を受けた者の間でも市川の業務執行に反対する空気はまつたくなかつた。また、原告は被告富士ビルに対する本件土地転売の結果代金の差額金六、五八五万四、〇〇〇円を得た如き形になつているが、その差額分は市川が融資獲得の為めの運動費その他の諸経費に当てるべく見込んで転売代金を決定したことによるものであつた。そして、以上市川のなした取引行為に関し、例によつて、原告においても被告富士ビルにおいても取締役会を開催することはなかつたが、市川の取引行為そのもの、または、取締役会に承認を求めなかつたことについて異を唱える取締役は一人もいなかつた。被告富士ビルとしては、昭和四一年四月二九日開催の取締役会(取締役中市川のほか四名出席)で、本件土地を八億二三一七万五、〇〇〇円で取得した旨掲載の第一期決算報告書を承認しているほか、設立以来後記のようにその実権が市川から現役員に移つた今日に至るまで、本件土地の所有権を取得したこと自体について、その取得経過の如何を問わず、不利益な結果をもたらしたと考えたり、無効を主張したりしたことは一度もないばかりでなく、昭和四六年五月二八日の取締役会において本件土地を取得したことを念のため追加承認している。

以上の事実が認められ、甲一、五、七、二八ないし三〇、三二、三四号証、乙二、二二ないし二四号証、二五号証の一、二、同四〇ないし四五、九九ないし一〇一号証および証人坂梨健雄、同山畑四六の各証言、原告、被告富士ビル、同常総開発の各代表者の供述中以上認定に反する部分は、前記認定資料とした各証拠に照し採用し難く(甲一、五号証はその売買代金額の点等からして、その作成日付当時作成されたものか疑わしい。証人山畑四六、同市川道雄の証言により認められるところの市川が被告富士ビルと東京多摩青果間の売買契約書写として平和相互に提出した書面の記載内容、作成日は昭和四一年二月頃と認めらるにせよ、成立の認められる乙四号証の記載及び乙三三号証等からして、原告と被告富士ビル間の本件土地売買契約における代金額は当初から八億二三一七万五〇〇〇円であつたものと認定する。)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  以上のとおり、原告から被告富士ビルに対する本件土地売買契約は、市川が双方の代表取締役として締結したものであるから、民法一〇八条の双方代理に該当して無効であるか否か、更には商法二六五条に規定するところの取締役会の承認を要する取引行為に該当するか否かにつき判断する。

まず、商法二六五条後段の規定は、取締役会の承認を受けた場合においては民法一〇八条の規定を適用しない趣旨と解される(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決民集二二巻一三号三五一一頁参照)から承認のない場合には民法一〇八条の適用を排除するものではないと解するのが相当である。

ところで、民法一〇八条により同一人が取引当事者双方の代理人となることを禁じている理由は、利益の対立している複数の他人のために同一人が意思の決定と表示を行うと、いずれかの当事者の利益を害する結果になるおそれが多分にあるからにほかならない。

また、同一人が二個の会社の代表取締役を兼ねている場合に、両会社相互の取引についても商法二六五条の適用があり、両会社の取締役会の承認が必要であると解されるところ、同条の趣旨も、取引する双方の利害が相反する場合において一方に利益で他方に不利益な行為が濫りに行なわれることを防止するにある。

そして、民法一〇八条違反の行為は無権代理行為に属するので、本人が追認することによつて有効となるのであり、同法一一五条但書の規定により、契約の当時右違反の事実を知つていた相手方は、本人の追認がないとして契約を取消し無効を確定させることはできないのである。また、商法二六五条は単なる命令規定ではなく、同条違反の取引は無権代理行為に準ずるものと解されるので、民法一〇八条に関する右法理は商法二六五条違反の取引についても類推さるべきであつて、取締役会の追認(事後の承認)によつて有効となるのであり、取引の当時右違反の事実を知つていた相手方は、取締役会の承認がないとして契約の無効を主張しえないと解するのが相当である。

本件についてこれを見るに、さきに認定したとおり、原告は市川の個人経営的色彩の濃厚な会社であつて、仮りに当時取締役会を開いたとしたら本件問題の取引について承認のあつたことは極めて明白であり、かつ、実質的に見ても市川としては、本件土地を原告から被告富士ビルに売渡すことによつて同被告の平和相互からの融資条件を満たし、その融資金を東京多摩青果に対する土地代金の支払資金に当てる以外に差迫つた事態を救う方法はなかつたのであり、原告としては被告富士ビルとの売買によつて何らの不利益も受けていないのであつてみれば、前に判示したところの民法一〇八条、商法二六五条の各法意に照し、市川が原告と被告富士ビルとの双方の代表者として両者間の本件土地売買契約を締結するについて原告の正規の(むしろ形式的な)取締役会の承認を受ける必要はないと解して差支えないし、右取引に当り、原告が被告富士ビルの取締役会の承認の有無について熟知していたことは前に認定した事実関係から明白であるから、同被告が無効を主張していないのに(むしろ同被告は右取引を有効と主張しているのである。前に認定のとおり同被告取締役会がその後本件土地の所有権取得を承認していることは、市川が当事者双方の代表者として取引したことを追認する趣旨を含むものと解されないこともない。)、同被告の取締役会の承認がなかつたとして原告から売買契約の無効を主張することは許されないというべきである。

したがつて、市川が原告と被告富士ビル双方の代表取締役として本件土地売買契約を締結した行為を無効とすることはできず、被告らの抗弁二、五は理由がある。

四  そこで、原告の信義則違反の再抗弁につき判断する。

被告富士ビルが平和相互から融資を受けるに際し、担保のため、昭和四〇年一〇月一八日同被告会社の株式の六七パーセントに当る六、七〇〇株、会社実印および社印を預託し、更に同月二六日同被告代表取締役の実印、社印、普通預金通帳、取締役七名の辞任届および白紙委任状一通を預託し、同日平和相互のため本件土地につき金七億五、〇〇〇万円の抵当権設定登記が経由されたこと、昭和四一年五月一〇日被告富士ビルの取締役として浅井忠良、坂梨健雄、米多三郎の三名が取締役に選任され、浅井、坂梨の両名が代表取締役として選任されたことは当事者間に争いがない。

被告富士ビルが設立され、本件土地を原告から買受け、平和相互から融資を受けて代金を完済し、本件土地の所有権を取得するに至つた経過は、前叙のとおりである。

成立に争いのない甲三五号証の一、二、前出乙一号証、証人坂梨健雄の証言、被告富士ビル、同常総開発代表者の供述によれば、昭和四一年五月に被告富士ビルの取締役に就任した前記三名のうち、坂梨は同被告が平和相互から融資を受ける際市川に助力した人物であり、他の二名は、同年二月平和相互に代り同被告に対する七億円を超える貸金の債権者となつた被告常総開発の、それぞれ浅井が代表取締役、米多が経理担当役員であつて、同人らが被告富士ビルの経営陣に加つたのは、多額の融資がなされ、その債権保全のためには、担保物たる本件土地の管理およびビルの建設とその管理が適切有効になされる必要があり、その運営には数十億円の資金の回転が必要であるのに、市川を支える原告会社の資本金がわずか一、一〇〇万円であつて、債権回収の見通しに不安があつたためであること、市川は被告富士ビルの設立以来昭和四二年八月七日まで同被告の代表取締役(社長)として在任していたのであつて、右期日に辞任したときも、同被告が平和相互に対して融資を受ける際預託した辞任届等の書類が利用されたわけではないことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はなく、また、平和相互に預託された右辞任届のほか社印、実印、委任状その他の書類がその後何らかに利用されたことを認めるに足る証拠はない。

以上の事実関係の下において判断するに、平和相互が被告富士ビルに対して七億円余の融資をするに際し、担保として、六七パーセントの株式、代表取締役の実印、会社の社印、取締役の辞任届、白紙委任状等の預託を受けたことは、不公正な取引方法に該当する疑いもなくはないが、仮りにそれが違法な行為であるとしても、私法上の効力としては、右担保権設定契約の効力、さらには右担保権が実行された場合の法律関係の効力が、せいぜい平和相互と被告富士ビルとの間の消賃貸借契約の効力に影響を与えるにとどまり、原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約の効力に消長をきたすとは、とうてい解することができない。そして、昭和四一年五月以降被告富士ビルの経営の実権が、結果的には被告常総開発の関係者の手に移つたとしても、そのことから直ちに、原告と被告富士ビルとの間の本件土地売買契約が、平和相互ないしは被告常総開発の関係者により、市川ないし原告から、信義に反する不当な手段で本件土地を取得すべく企まれた取引行為と推断することはできないし、ほかに、被告富士ビルが本件土地代金を完済して所有権取得登記を得た昭和四〇年一一月三〇日以前において、平和相互が関係した取引行為が、信義誠実の原則に反しひいては右売買契約を無効たらしめるような事実関係を認めるに足る証拠はない。

原告は、被告富士ビルが本件土地の所有権を取得した後の同被告の融資問題にからんだ経営権支配に関する紛争の経過を縷縷主張し立証するけれども、右所有権取得後の被告富士ビルの経営の実態がどのように変ろうとも、本件土地の所有者の帰属が変動するものではないから、判断の限りではない。

したがつて、原告の再抗弁二は理由がない。

五  そうだとすれば、被告富士ビルは原告から本件土地所有権を適法有効に取得したことになるので、同被告の右所有権取得を無効とし、そのことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、すべて失当である。

よつて、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却し、民訴法八九条にしたがつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司 堀口武彦 栗栖康年)

(別紙)物件目録〈省略〉

(別紙)登記目録〈省略〉

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